
岩屋の中に 愛ひとつ閉じ込めて小さな出口を塞いでいる
井伏鱒二の山椒魚のように 私もじっと身体を横たえて岩の隙間を塞いでいる
あの蛙のように 愛は最後に恨まないと言ってくれるだろうか・・・

故郷の匂いが風に乗って漂ってくる
その匂いは 薄暗い森に差す光のように私の心を慰めてくれる
音になり香りになり 狂おしいほどの郷愁と愛着を
柔らかい揺り籠の中で 想い出させてくれるのだ
桃山晴衣の端唄/六段くずし Harue Momoyama/Rokudan-kuzusi

おや また真っ白な空だねぇ・・・
毎晩々 線香の煙で燻されているような雲なんだから
嫌んなっちゃうわねぇ・・・まぁるく削ってみようかしら・・・
あら いらっしゃい
今 暖簾を仕舞おうと思ったところなんですよ
えぇ・・・簡単なものなら

絹さやの美味しい季節ですから・・・

旦那さん 何方から?
まぁ 浅草ですか 懐かしいわねぇ・・・
そんな遠いところからこんな山間に
有難いわねぇ・・・

はい 夏大根のふろふきです
夏も意外と美味しいですよ 山椒を聴かせた肉味噌でどうぞ
そう言えば もうすぐほおずき市ですねぇ
勿論 いらっしゃるんでしょう?
私もお参りに行きたいけど・・・
中々 遠出は出来なくて・・・

四万六千日のご利益なんて
受けられるものなら受けたいわねぇ
丹精込めた鬼灯もたくさん並んで
縁日も楽しいですもん・・・

はい 浅漬けですけど
この処 急にお茄子やキュウリが出来始めましてね
もぎたてですから甘みがあるんですよ

ねぇ 旦那さん
心に故郷を持っている人って 人間臭くていいですよね
心の故郷って その土地だけじゃなくってその土地を愛する心が
また 誰かの心の故郷になったりするんですよね
えぇ・・・ありがとうございました
どうぞ いいお参りなさって下さいね
可愛い鬼灯 買われるといいですよ
はい えぇ・・・ お気を付けて下さいね

あら いつの間に・・・
ロクちゃんたら 大の字で寝ちゃって・・・
やさしい顔して・・・
まり